風まかせ自遊山歩(南高尾山稜ハイキング) .
南高尾山稜ハイキング


百名山を歩いたという(私より5才年上の)2人を含め、合計年齢360才の5人の暴走老人と高尾山の南に位置する「南高尾山稜コース」を歩いた。
この山旅の会は、(口は達者なのだが)最近は足腰が弱ったメンバーが多くなり、参加人数も少なくなってきたが、今回は程よい人数での山歩きとなった。

高尾駅から神奈中バスに乗って登山口のある「大垂水」へ。
当日は、土曜日とあって老々男女のハイカーが多数、このバス停で下車。
何回もここを歩いているというリーダーに従って、登山口へ。ところが、国道20号の坂道を1km下っても登山口が見つからない!
地図を見るとバス停から100mぐらいのところに、登山口があるはずのだが・・・・。

私は、バス停で大多数のグループが逆方向へ歩いていったのを見ながら、いつものクセで「なぜか怪しげな雰囲気」を感じて最後尾をトボトボついていくことにした。
先頭を歩いていたリーダーが、バタバタしながら戻ってきて「バス停が移動している」と、絶叫?!

「これは準備運動の代わり」というリーダーの声に逆らえず、坂道をあえいで戻って、登山口へ到着。
今回も何が起こるかわからない中を歩き始めたのだった。
 しかし、やっぱり道中てんやわんやであった。



南高尾山稜ハイキング・コースマップ



大垂水峠(標高388m)の歩道橋
バス停がここから100m下へ移動していたため、この歩道橋を探すのに大騒ぎだった

下は国道20号線(甲州街道)
高尾山稜ハイキングコースはこの歩道橋を渡ると、大洞山への道に入ります


スタート地点の大垂水峠から草戸山までは、東京と神奈川の国境の道となっていて、 アップダウンの多い稜線を歩くことになる。
予定では、三沢峠から草戸山経由で高尾山口へ向かうはずだったのだが・・・・。


山はヒノキやスギの植林地帯に、コナラやサクラなどの広葉樹が交ざる里山の植生

平均年齢70超えなのに健脚揃い


大洞山山頂(標高536m)」
山頂からの見晴らしは良くないが、ベンチもあり絶好の休憩場所。お爺さんお婆さんのグループがベンチを占拠していたので、私たちはスルー。





くさり場もある

中沢峠の休憩所へ
うなだれ?ている人がリーダー


中沢峠から数分の中沢山の山頂へ

中沢山の山頂に建つ聖観世音菩薩像



見晴台
中沢峠から20分ほど歩くと、見晴台へ着く。南西面が大きく展望が開けていて、眼下に津久井湖が現れる。晴れていると富士山や南アルプスが見えるということだが、モヤッとしていて今日は見えなかった。


三沢峠分岐
ここで道を間違える。
ビミョーに看板の向きが違う!


三沢峠から草戸山へ向かっているはずが、突然、峯の薬師に出会ってビックリ。道を間違えたようだ。しかしながら、地元での宴会を優先する私達は「橋本駅」へそのまま下ることにした。
最終目的地をさっさと変更して臨機応変なのはよいのだけれど、きっとこのような老人達が遭難するのでしょうね。


峯の薬師奥ノ院
三沢峠から草戸山へ向かっているはずが、突然、峯の薬師奥ノ院が現れて腰を抜かしてしまった。
毎度恒例となってしまったが、今度も道を間違えたのだ。戻るのも嫌な私達は「橋本駅」へそのまま下ることにした。

峯の薬師
「峯の薬師」は明応元年(1492年)の創建と伝えられる古刹。曹洞宗大覚山東慶寺の別称。

峯の薬師から見た津久井湖

峯の薬師の鐘楼
煩悩がありすぎる私は鐘を撞いたのですが・・・・。

(ちゃんとお金を払いました)


峯の薬師の鐘楼

峯の薬師境内にある「姿三四郎・決闘」の碑
ここは、富田常雄原作の小説「姿三四郎」で、主人公の三四郎と檜垣兄弟が決闘した場所となっている。小説の中の場所に記念碑が建てられている。



ホタルフクロ

峯の薬師の表参道口まで下山
橋本駅行きのバス時間が迫っていたので、今回も山を転げるようにして下山した。

  (風まかせ自遊山歩)

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[2015.6.13] .
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