城下町てくてく歩き(福知山城) .
城を訪ねて、てくてく旅

(京都府・福知山市)
 


福知山城
福知山(福智山)城は、 室町時代後期の丹波国の武将・塩見頼勝の築城と伝えられており、当時は横山城とよばれていた。しかし、頼勝の孫・横山信房の時に明智光秀に攻められ落城してしまった。
その後、明智光秀が天正7(1579)年、丹波の拠点として本格的に城を築いたのが福知山城の始まりとされている。
しかしながら、光秀は、築城3年後の1582年に本能寺の変を起こしたが、中国大返し(毛利と講和を結んで京都に軍を返した)で有名な秀吉と山崎の合戦に敗れて滅んでしまった。

なお、天守などは明治時代の廃城令で取り壊されてしまい、石垣と銅門(あかがねもん)番所だけが残った。
現在の大天守は、望楼型の初期天守様式のもので三層四階の天守と二層二階の小天守が1986年(昭和61年)に復元された。
石垣は野面積みと呼ばれ、その石垣の中には宝篋印塔や五輪塔などの墓石も転用して積まれているのでビックリする。



福知山城天守
1986年(昭和61年)に復元






銅門番所


城の内部は郷土資料館となっている

復元された小天守
 


天守台と本丸の石垣は「野面積み」と呼ばれる積み方。、
なぜか墓石の転用石が用いられている。


石垣には宝篋印塔や五輪塔などが混入している。

 

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