◆ 現存天守閣・12名城めぐり(愛媛県・宇和島城) .


(愛媛県宇和島市)


宇和島城は全国にある現存天守を持つ12城の一つ(国の重要文化財)
当時の宇和島城は外郭の約半分が海に接する海城であるとともに、標高80mほどの山の頂上に本丸を築いた平山城であった。

宇和島は、伊達10万石の城下町。
その宇和島城は、当代一の縄張り(築城)の名手といわれた藤堂高虎(とうどうたかとら)が築城したもの。
高虎は、豊臣秀吉に認められ、1587年(天正15)島津征圧の功で2万石の大名となった。その後、北条征圧、文禄(ぶんろく)の役に参戦したものの、高野山に出家してしまった。しかし、秀吉に下山を命じられ、文禄4年(1595)南予7万石の藩主になった。
高虎は、慶長元年(1596)から築城を開始して同6年(1601)ごろまで天守閣をはじめ城郭を整備した。
しかし、高虎は慶長13年(1608)に今治に転封となり富田信高が入城したが、同18年(1613)に改易となってしまい、一時幕府の直轄地となった。
慶長19年(1614)に、仙台藩・伊達政宗の長子秀宗が南予10万石に封ぜられ、翌年元和元年(1615)に入城後、この城を宇和島城と改めた。それ以後、代々伊達氏の居城となった。
寛文4年(1664)2代宗利の時、天守ほか城郭の大修理を行い、寛文11年(1671)に完成。その姿を現在に残している。




藩老・桑折(こおり)氏武家長屋門

長門丸跡から雷御門への石の階段
天守まで15分ほど登る

長門丸跡からみる藤兵工丸の見事な藤堂時代の石垣

櫛形門(一ノ門

鶴島城と呼ばれる秀麗な天守
入口上の唐破風と2,3階の千鳥破風の庇の配置が美しい独立式の層塔天守

本丸跡
本丸には、「御台所跡」や「御弓櫓跡」、「太鼓櫓跡」、「御休息櫓跡」、「御鉄砲櫓跡」などの曲輪跡があり、その礎石が残っている


天守閣
3層3階。高さ19.3m。


 

天守内部

天守模型。

城山からの宇和海と宇和島の街
[20120821] .
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