◆ 現存天守閣・12名城めぐり(愛媛県・松山城) .


(愛媛県松山市)


松山城は全国にある現存天守を持つ12城の一つ(国の重要文化財)


天正11年(1583)、信長亡き後の覇権争いで、羽柴(豊臣)秀吉と柴田勝家による賤ヶ岳の戦いがあった。その戦で功名をあげた「秀吉・七本槍」の1人、加藤嘉明が築いた四国最大の城。
その後、加藤嘉明は関ヶ原の戦い(1600年10月21日)で東軍・徳川家康側につき、その戦功を認められ20万石の大大名となった。
そして、1607年に居城を伊予正木から道後・勝山へ移し、地名を松山として築城を行い寛永4年(1627)に一応の完成を見た。
しかし、同年2月完成直前になんと会津藩40万石に加増移封されてしまった。

松山市の中心部、勝山(標高132m)にそびえ立つ松山城は、本丸を山頂へ置き、二の丸を中腹、三の丸を山麓に置いて、敵の侵入を防ぐために工夫を凝らした名城です。
そして、現存12城の中では、この松山城と彦根城しか存在が確認されていない韓国の倭城の防備手法である「登り石垣」が二之丸から本丸にかけてあるめずらしい構造となっています。




太鼓櫓



天守までロープウェイかリフトで上がる

戸無門(重要文化財)

本丸への入口の最初に設けられた高麗門。昔から門扉がないので戸無門と呼ばれている。


戸無門から筒井門へ
築城の際、正木城から移築されたといわれる松山城最大の門。この門をくぐると三之丸・二之丸が広がり本丸へ続く。 


隠門(かくれもん)
筒井門が移建されてのち筒井門に隣接して建築されたもの。戸無門から筒井門に迫る敵の側背を不意急襲する構えとなっている 

太鼓門
太鼓門・同東続櫓・太鼓櫓・巽櫓は一体となり高さ6.9mの石垣の上に構築されている。

本丸・屋敷跡



大天守(重要文化財)と小天守 



本丸天守
突き当りを右へ曲がると一ノ門がある

一の門

二の門
二の門前は枡形となっていて、敵の侵入を四方から攻撃できるようになっている

三の門
 

 

天守広場・内門、左奥北角櫓

小天守 
小天守は二重櫓、小天守東櫓とも呼ばれており、二の丸・三の丸を監視する役目を担っている
 

天守閣からの眺め 

ゆるキャラ「よしあきくん」

松山城築城400年祭のために誕生した松山城のマスコットキャラクター「よしあきくん」。初代城主・加藤嘉明(よしあき)にちなんで名付けられた

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