城下町てくてく歩き(高松城)   .


(香川県・高松市)
 

高松城・月見櫓


高松城は、秀吉が瀬戸内海の東部の押さえのため、1587年に生駒親正に讃岐17万石を与え築城したもの。
しかし、寛永17年(1640年)、生駒家4代目・高俊のときに、お家騒動が起り出羽の国(秋田県)に移封せられてしまった。
その後に、水戸藩徳川頼房の長子松平頼重が、寛永19年(1642年)に東讃岐12万石の領主として高松城に入府した。
その松平氏が本丸、東之丸、新曲輪などを修築し、規模を整えたといわれる。


高松城は、水軍の運用に重きを置き、海面に面した海城として日本三大海城の1つと呼ばれている。

高松城は別名玉藻城と呼ばれている。
万葉集で柿本人麻呂が讃岐の国の枕詞に「玉藻よし」と詠んだことにちなんで、このあたりの海が玉藻の浦と呼ばれていたことによるといわれている。


月見櫓
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月見櫓に併設されいる水手御門と渡櫓



重要文化財/艮櫓(うしとらやぐら)(旧太鼓櫓跡)
北東の方角を丑寅(艮)ということから、この櫓は艮櫓と呼ばれている。延宝5年(1677年)に完成し、現在残されている月見櫓と同時期に建てられたもの。

海水を引き込んだ堀
瀬戸内の海水を外堀、中堀、内堀に引き込んだこの城は日本の三大水城の一つと呼ばれています

艮櫓(うしとらやぐら)(旧太鼓櫓跡)
城には約20の櫓があったそうだ。

披雲閣
披雲閣は、藩主が生活する場所であったが、明治維新後、老朽化を理由に取り壊された。
現在の建物は、松平家12代ョ寿伯爵が大正3年から大正6年(1917)にかけて完成させたもの。
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天守台(左)
三重五層の天守閣がそびえていたといわれる天守台
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天守台跡


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