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城を訪ねて、てくてく旅
金山城・大手虎口
標高235.8mの金山 |
金山城は、新田金山城とよばれ太田市の中央部にある標高235.8mの金山に建つ山城です。
文明元 (1469)年 、新田岩松(家純)氏が築城したといわれています。
その後は、横瀬・由良氏、小田原・北条氏、北条氏滅亡後は徳川幕府の直轄地となっています。
金山城は金山山頂にある実城(みじょう)を中心に、四方に延びる尾根に曲輪を配置して、その周りを堀切・土塁などで守った難攻不落の山城です。
戦国時代の関東の山城には、本格的な石垣はなかったとされていましたが、金山城跡の発掘調査によってこの定説が覆されたといわれています。
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2014年2月の雪が残っていた
木橋(修理中) |
馬場曲輪
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大堀切
馬場曲輪と三ノ丸下にある大掘切は、金山城の中でも重要な防御拠点であった。 |
月ノ池
発掘調査時の月の池(説明版より) |
金山城は山城のため水の確保が生命線だったことはいうまでもなく、馬場曲輪との境にある堀切の下に水を貯める池を配置した。直径は7m強。
もともと水を通しにくい粘土層の場所であったため、底部に石を敷きつめ二段の石垣で囲って貯水池としたようです。 |
金山城・大手虎口
大手虎口を登って行くと大きな欅が迎えてくれる |
大手虎口南上段曲輪
南上段曲輪では、石組みの井戸や火薬庫?である石敷き建物跡、カマド址などが見つかっている。 |
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日ノ池
山頂近くにある日ノ池。直径およそ15m強。
金山城築城以前にもここに池があったことから神聖な場所といわれ、一説によると、戦勝祈願や雨乞いなどの儀式をここで行ったようです。
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南曲輪にある百名城の碑 |
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. (14.2.23) .
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