城下町てくてく歩き(多賀城) .
城を訪ねて、てくてく旅

(宮城県・多賀城市)
 


多賀城址

多賀城は、724(神亀元)年に大野東人(おおののあずまひと)によって創建され、陸奥国の国府がおかれました。
奈 良の平城宮跡、九州の大宰府跡とならんで、日本三大史跡に数えられています。

東北の政治・軍事の中心地としての役割を果たしていた多賀城は、約900uの広大な敷地の中央に政庁が置かれ、そこでは、重要な政務や儀式が行われていました。

なお、現在も
発掘調査が進められています。



現在も発掘調査が行われている





館前遺跡(たてまえいせき)

国府多賀城駅前にある小高い丘に遺跡があります。多賀城の政庁正殿と同じような規模の主屋が6棟発見されました。
造られた年代は9世紀ごろで、国司の館跡ではないかと言われています。
1980年に特別史跡に追加指定を受けました。


多賀城碑


多賀城の改修記念に建立された石碑で、
奈良時代後期の作といわれています。
栃木県の『那須国造碑』、群馬県の『多胡碑』と
ともに「日本三大古碑」の一つ。


多賀城碑

奈良時代のもの。碑には多賀城の創建や修造について書かれています。
歌枕の「壺碑(つぼのいしぶみ)」とも呼ばれ、松尾芭蕉が訪れた際には、その様子を「奥の細道」に書き残しています。


多賀城政庁跡


政庁への石段


南門跡
発掘調査の結果、門は高さ13.5mの重層門であったと推定されています。780年の伊治公呰麻呂(これはりのきみあざまろ)の乱で南門と築地塀は、焼失しています



多賀城政庁正殿跡

城内の中央には政庁があった

中央が政庁正殿
724年に創建され、陸奥国府(むつこくふ)と鎮守府(ちんじゅふ)が置かれた


正殿前の石敷広場跡


内郭外郭間道路跡
内郭の南門跡から真っ直ぐ南にのびる大路跡

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